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2月6日 福岡〜関空〜昆明(クンミン)
福岡8:15〜関西国際空港9:15 16:00〜上海経由・昆明(クンミン)21:45(中国時間) 関空の貴陽銀行にて中国元へ両替。レートが悪そうだったので10000円のみ両替。13.7円/元 上海で入国手続きを済ませていたので、昆明では国内線到着から出たのだが、タクシーの運転手さん盛りだくさん。外国の夜の空港でタクシーに乗るのはいつも緊張するのだが、人相の悪い感じではなかったので40元の言い値で市内へ向かう。家から電話で予約していた「茶花賓館」というホテルに入る。朝食付きで200元。デポジット(保証金)が50元。 |
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2月7日 昆明泊り(観光)
このホテルは個人旅行のヨーロッパ系外国人が多く、朝食はバイキング方式で悪くない。 中国銀行で40000円両替。レートは1元=12.8円。 ひとつ観光名所の見物でもと、タクシーで雲南民族村へ。38元。タクシーが安い。初乗り(3km)8元。ここはいろいろな少数民族の村を再現した場所で、実際に住んでいる人もいるらしいのだが、余りおもしろいところではなかった。入場料も70元とやけに高かった。 ここから、さらにタクシーで大観湖へ。ここは市民の憩いの場所といった良い雰囲気。ユリカモメらしいがたくさんの水鳥がきていて、5角で売っている餌を多くの市民がこの水鳥に与えていた。この公園から船で1時間(6元)の昆明一の観光地「龍門窟」のある西山へ。ロープウェイ(30元)とリフト(15元)を乗り継いで西山頂上へ。さらに一大名所の「龍門窟」へ。何百人もの坊さんが何十年もかかって掘り進んだ、フィレンツェのドーモの階段みたいな、大分県の青の洞門の何十倍ものスケールのトンネルが延々と続く驚異の名所だった。 昆明は大都会。春節(旧正月2月9日)を目前にして町はにぎわっている。昆明の物乞いは親子が多い。(実は中国はどこでもそうだということが後で分かった。)ネオンに輝くビルの谷間の暗がりに、座り込んで小さな子をただあやすだけの母親。乳飲み子を横において、はいつくばって、ただ頭を上下するおじいちゃんやおばあちゃん。年のせいか、あまりの哀れさに涙腺がゆるみっぱなし。 |
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2月8日 昆明9:40〜麗江(リージャン)6:00
観光地の「石林」行きも検討したが、観光は一日だけでいいだろうと北部の麗江行きを決意。ホテルでバスのチケット購入。手数料は取られるけど、バスターミナルまで送ってくれるというし、いきなり一人でターミナルでトラブってチケット購入に時間が掛かるのもいやだったのでそうした。 ターミナルでバスに乗り込んでほっとしたときに、ホテルにガイドブック「地球の歩き方」を忘れたことに気が付いてがっくり。ホテルのビジネスセンターで麗江のホテルに予約の電話を入れているときに忘れたらしい。取りに帰ろうかとも思ったが、昆明に一日、足止めになる可能性があるし、バス代の176元ももったいなかったので、ホテルが気が付いて取り置いてくれることに一縷の望みをつないでそのまま出発した。これで今朝予約したホテル名も分からないし、麗江の地理もまったく分からない。旅の難度がいっぺんに上がってしまった。 バスの乗客は、明日のお正月(春節)のために、帰省する最終客でもちろん満員。みなさん、おみやげ物を抱えてなんとなく華やいだ雰囲気。このバスは「普通席」ではなく「中座」クラス。そのせいか少数民族の人より漢民族の人が圧倒的に多い感じ。彼らはきまって夫婦に子供一人。例の一人っ子政策のおかげで子供はかなり甘やかされている感じ。父親は子供にお菓子を与えたり、カーテンを開けてやったり閉めてやったり、バス内にあるトイレのドアの外でじっと子供が出てくるのを待っていたり、大変だ。その子は10歳くらいでめがねを掛けて冷たい眼をしてずっと「ゲーム」をしていた。大理石で有名な大理(ダーリ)までは高速道路。それから北上する道もきちんと舗装されていて快適。ただし、席は狭く長身の自分はつらい。お昼はあらかじめ決められている食堂でとる。仕切りのあるプレートにおかずとご飯が盛られている。これもバス代に含まれていた。 麗江に着いて、ターミナル前でタクシーを拾い、世界遺産である「古城地区」で200元程度のホテルに連れて行ってくれと筆談とジェスチャーでお願い。運転手のおっちゃんが「寝るとこかい?」と手のひらを合わせて耳のところへ持って行っておねんねのジェスチャーをするのが面白かった。古城内のホテルはどこも満室だから近くのホテルを当たってみようと言ってくれてるらしい。一軒目は満室。二軒目オーケー。ホテルは百鶴賓館ツイン200元。かなり立派。明日からは春節価格で320元になると言っていた。(でも実際は200元のままだった。)古城地区の入り口付近にあり、観光にはすごく便利な立地。 一息入れてから、ホテルのレストランで食事。メニューを見てもさっぱりなので会話集を見せ「土地の食べ物」をお願いした。来るは来るは、6種類。茶碗蒸しのでかいの、青菜の炒め物、レンコンの料理、パンケーキ様の物、もち米のチャーハンみたいなもの、何かの鶏肉の料理、ビール(大瓶)1本で全部で25元。安い。半分も食べられなかった。そこそこうまかった。説明してくれた女の子に2元チップをあげたらこまっていたが、喜んでくれた。中国ではチップの習慣はないし、後から来る旅行者のためにもあげないほうが良いとガイドブックには書いてある。そんなこと知ったことじゃない。何事も自分で判断すればよい。嬉しいサービスがあれば、あげれば良い。そんな外国人に当たった子は運が良かったのだ。偉そうなこと言う額ではないたったの2元(日本円で26円)だが・・・。 今夜は大晦日。外では爆竹と花火がものすごい。すべて町の人が自前で買ってやっているものだ。花火は直径30cm以上の大型の筒型も多く3.40メートルくらい上がる本格的なものだ。多くの人が周りに人垣を作り、公安(警察)もたくさん出ている。ときどきその花火がその場でそのまま暴発してやばい感じになるが、その時が一番盛り上がる。ベッドにもぐりこんでからも一晩中花火の音がうるさく、まるで戦場のようだった。じっさい妙な夢を見てしまった。 テレビでは、日本と同じ様に延々と大晦日番組をやっている。 |
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2月9日 麗江泊り
ここ麗江から北上したところにあるシャングリラ(桃源郷)行きを検討したが、1泊2日かかるし、ヨーロッパ観光客に受けるただの観光地のようなので断念。中国の予想を上回るスケールの大きさに飛行機の利用を積極的に考えるようにする。それで、明日の移動用に航空券購入。麗江〜昆明340元、昆明〜貴陽(グイヤン)310元。昆明、麗江間はバスに9時間も揺られて176元で、飛行機で一時間弱で340元なら、そりゃやっぱり飛行機だろうと、その場で早い時期での貴州省行きを決意した。 本日はお正月(春節)。出発前に、春節はみんな家に戻ってゆっくりするものだと聞いていたが、中国人旅行者が非常に多い。北京や上海辺りから団体でものすごい人が来ている。あとで分かったのだが、ここ麗江はいま中国で人気の観光スポットなのだ。こじんまりとした町並みで、カトマンズと倉敷のような水郷を一緒にしたような素敵な町だ。 町の郊外には梅里雪山という名の5596mの山がそびえている。貸し自転車を借りてその山の方向へ向かうことにした。貸し自転車一日20元。高い。デポジット300元。高い。こちらは戻ってくるけど。久しぶりに万年雪と氷を頂いた高山を見て気持ちが高揚する。しかし、15段変則のはずのギアがまったく動かない。 自転車で10〜15km行ったところにある割としっかりとした集落で休憩。白人の旅行者が3人いて、茶店らしきものもあるのでガイドブックに載っていた部落かもしれない。いかにも旅行者向けの「カフェ」は面白くない。ある家の前で厚切りにしたジャガイモを串にさして揚げているおばちゃんがいたので、横に座り込んでその芋を食べる。一串1元。唐辛子を塗ってくれるのだが、少しでいいと言ったけどとても辛かった。しばらくするとご主人が出てきた。60歳くらい。白(ぺー)族ですかと聞いたら、納西(ナシ)族だとおっしゃる。トンパ文字の研究をしているそうで、英語も勉強していると言ってたが多少単語を知ってる程度。近くの田舎店で大理ビールの大瓶を買ってきて「いっぱい飲もう」と言ってグラスを頼んだが、1個しか持ってこない。遠慮深いので仕方なくそのグラスにビールをついで渡し、こちらは口飲み。 お互い言葉ができないので、時々筆談しながらボワーッと道路を眺めてビールを飲むだけ。そのうちバスが着いたのか中国人の団体がやってきた。おばちゃん急に大忙し。唐辛子をせっせと塗るが、漢民族のご一行は唐辛子が足りないと文句を言って、おばちゃんから容器を取り上げて、大匙で何回も何回も揚げたいもの両側にたっぷりとまっかっかになるくらい唐辛子の粉を振り掛ける。そりゃ食えねえだろ、というくらいの状態で辛い辛い言いながら食ってる。なんとなく横柄な感じでこの女子供の団体は虫が好かない。彼らが去って、またしばらくビールを飲んでから、「じゃ行くは」と自転車にまたがると、おばちゃんがポテトを持ってけと言う。商売もんだから要らないと言うのに、だんながビールをご馳走になったからと聞かない。断るのも悪いので、ありがたく頂いてほおばりながら自転車をこいだ。ペダルがずいぶん軽くなった気がして、快調に麗江の町に向かった。 麗江の町に近づいて、道に迷ってしまい、その辺にいたおにいちゃんに道をたずねたら、4〜500mも歩いて案内してくれた。「シェー、シェー」と礼を言ったら、「メイヨ、メイヨ」と笑って言う。「没有(メイヨ)=ないよ」という言葉は、なんか否定的にいつも言われる嫌な言葉という印象があったが、このメイヨは良い。「いいって、いいって」という感じだ。これから自分も使うようにしよう。 |
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2月10日 麗江〜昆明〜貴陽
予想に反して麗江空港までは遠かった。タクシーのおばちゃんはにっこり笑って有料道路を時速100kmでぶっ飛ばす。どこも空港と町の間の道路は立派だ。30分以上走って空港着。100元。10:30出発の昆明行きが実際出発したのは14:00。まあ仕方ない。 空港で昆明に置き忘れた「地球の歩き方」を持ってる年配の男性がいたので「日本の方ですか?」と近づいて行って本を借りて、貴陽のホテルのデータをいくつかメモする。本を返しながら「お一人ですか?」と聞いたら妙にあせりだして「いや違います」と言いながら逃げるようにどこかに行った。どうも怪しい中国人と思われたようだ。おかしくなって一人で笑っていた。 昆明に着いてから、泊まってたホテルに行ってみた。本はちゃんとあった。良かった。 次の飛行機まで時間があったので、市内の外人用カフェで遅い昼食。窓際の席で食べてたら、おじいちゃんの物乞いが手を伸ばしてきたので、5角(0,5元)をあげた。店の人は困ったような顔をして、ほかの客にもねだるそのおじいちゃんを追い払っていた。複雑な気持ちで窓の外をのぞいていたら、外のテーブルに客が残していったビールの残りを盗み飲むおばちゃんが見えて、その人はそのままその瓶を持ち去った。その先の歩道には、空の哺乳瓶をくわえさせられた乳飲み子の横で、四つんばいになってひたすら頭を上下する物乞い親子。現実は厳しい。 貴陽のホテルに予約の電話を入れる。一軒目の第一候補は英語がまったく通じないので没。二軒目は通じた。夜の10時までに来るなら、ツインで100元。11時になるのなら180元と訳の分からぬことをいうが、とにかくオーケーした。 昆明から貴陽に飛んで、貴陽空港からホテルまで80元。良かろう。タクシーはどこでもメーターだが、夜の空港のみ例外。交渉で決める。タクシーのお兄さんはロックっぽい音楽をかけながらノリノリで時速120kmでぶっ飛ばす。ゆっくり行けと怒ったら、素直に従った。 ホテルに11時過ぎに着いた。名前は体育賓館。118元だと言う。どうも中国人の英語は−tyか−teenか分かりづらい。立派なホテルでエアコンで暖房がガンガン効いている。 |
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2月11日 貴陽(グイヤン)
有名な観光地である「黄香樹」への一日ツアーのチケットを旅行会社で購入。そのあと市内観光。朝からずっと雨。貴陽(陽光が尊いくらい陽が差さない)という町らしい。持ってきたデジタルカメラの電池が中国のものだと電力?が足りず1,2枚しか撮れない。仕方なく中国製の簡単カメラを買った。ASA400の36枚取りフィルムが4本付いて99元。市内で乗ったタクシーの運転手さんが「黄香樹」に行こうとしつこく誘う。明日行くといっても通じないし、筆談しようにもあまり字が書けない。仕方ないので、その気になったら電話するからと言って携帯の番号を聞いて分かれた。 ホテルを移った。駅前の20階建てくらいの立派な政府系のホテル。このホテルからツアーが出発するからだが。英語の上手な女の子が何人かいる。ツインで140元。駅はものすごい人でごった返している。半端じゃない。駅前のヌードル屋がとても美味しかったので2種類食べた。一杯3,5元。気持ちよく食べている間にホテルの鍵をなくしたらしい。カード式の鍵。出てこなかったら25元と言われた。鍵を拾ったのが部屋に来るかもしれないと脅かされた。そのあと3回もホテルの担当の女性が、鍵のことで部屋に来て、だいぶお騒がせ状態のようだ。「鍵に気をつけてね」と笑いながら言われてしまった。たしかに、もう一泊する予定だから気をつけないと。 明日の朝6:30ロビー集合と言うことで、6時にモーニングコールを頼んだ。 |
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2月12日 「黄香樹」一日ツアー
6時に電話が鳴って、そのあとさらに部屋まで起こしに来てくれた。 ロビーにもう一人待ってる女性がいた。なんとなく日本人のように見えたので聞くとやはりそうだった。7時頃バスに乗り込む。同じホテルにいたその日本人女性以外は全部中国人。その女性は上海に住んでいて何とかいう大学で日本語を教えているらしい。中国事情をいろいろ教えてもらった。はじめに苗(ミャオ)族の集落を訪ねる。観光ルートだから歌と踊りは手馴れたもの。そのあと2箇所自然の名所を回る。アジア最大とかいう滝がメインだった。 それより「韓国ツアー方式」のみやげもの屋めぐりがすごい。みやげ物屋、お菓子屋、くすり屋、お茶屋と4店も行った。後の2箇所はあきれ果ててバスの中にいた。 6時過ぎホテル着。日本人女性と食事へ。ガイドブックに唯一載ってるレストランに行ってみる。昨夜、彼女が行ったときは春節の宴会で満席で断られたそうだが、今夜は座れた。結婚式の宴会をやっていた。というより、中国では結婚式というのはなく披露宴のみらしい。名物の鳥料理ほか4品とビールで165元。持参していて読み終わった単行本を彼女に3冊あげたら喜んでくれた。 部屋に置いていたアルマニヤックがなんだか少し減ってた。おかしいな?アルマニヤックが今晩で終了したので本場の茅台(マウタイ)酒を1本仕入れよう。茅台酒の産地はここ貴州省だ。 |
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2月13日 貴陽(グイヤン)〜凱里(カイリ)〜従江(コイジャン)
さあ、今日からディープな中国だ。5:30起床。6:00チェックアウト。鍵をなくしたので、その分25元差し引いてデポジットマネーは195元返ってきた。寒いので本日からスキー用タイツをジーパンの下にはく。凱里行きのバスの前の屋台で朝食。店の客の一人が凱里行きのバスなら別の場所の方が早く出発すると教えてくれた。その男が分かれるときに「慢走」と言ったのが理解できたので「シエーシェー」と返した。昨夜レストランで帰る時に店員が「マンゾー」と言ったのでイワサさん(日本人女性)に聞いたら、「慢走」のことで「お気を付けて」とかいう感じらしい。その若いアンちゃんが別れ際に「慢走」と言ってくれたのがなんとも嬉しかった。おかげですんなりと凱里行きのバスに乗り込むことができた。54元。 リクライニング式の快適なバスだった。TV(ビデオ)でプライベートライアンをやっていた。中国語吹き替え。朝の雰囲気に似合わない激しい映画だが、ついつい見てしまった。 凱里着9:45。さてこの先どうしようかなとバスターミナルをうろつく。相変わらず雨。従江(コイジャン)まで9時間。よし、とにかく従江まで行ってしまおう。チケットを入手。85元。チケット売り場のお姉さんが、10時出発だとなんとなく険しい顔で言っている。時計を見たら、9:55を過ぎていた。あわててバスを探す。ミニバスになんとか乗り込む。車内では007のたぶん最新作?をビデオでやっている。 外の景色は福岡県の星野村か、宮崎県ののどかな山間部あたりといった感じの段々畑の風景がえんえんと続く。トン族の衣装を着た人もたくさんいる。普段着のようだ。カラフルで面白い。町に入ると民族衣装はあまり見かけない。腹が減って参ったなと思った頃にやっと休憩。西部劇に出てくる宿場町みたいなところ。子供たちがビリヤードをしている。ビリヤードは結構はやっているらしくいろんな町で台を見かけた。春節のせいか通りでゲームをしている人も多い。マージャン、トランプ、チェスみたいなもの。 休憩の後、自分が日本人だと分かったからか、日本語の演歌のようなムード歌謡のようなビデオを流しだした。まるで昔の日本のような風景の中で「お酒を買って食事を作ってあなたを待っているのに・・・」 だの「笑顔がとり戻せるまでこの街にすこしだけ住みます」だのあまり聞いたことのない演歌っぽい曲が、なんともずばり合うようで、なんだかうれしいような、うれしくないような、やめて欲しいような感じがして、旅は続くのであった。 夕方6:00頃従江着。なんとも殺風景な街。それに雨。ホテルを見つけなくては。バスターミナル近くにいくつかそれらしいのがあったが、すこし歩いてみた。通りの端くらいまで行ってまた引き返す。ここらしかない。一軒目は満室。こりゃヤバイ。ちょっとあせる。2軒目。ほとんど満室みたいだが、なんだか空いてる部屋もあるみたい。でもちょっと訳あり気味だったので部屋を見せてもらう。暖房がない。それはイカン。その向かいのなんとも見栄えのしないホテルで聞くと部屋はあった。部屋を見せてもらうとまあまあでエアコンもある。おばちゃんも感じがいい。だんなも三木のり平みたいで、なかなかいい感じだ。ここに決めた。ツインで50元。部屋にテレビはあるし、ホットシャワーもある。 食事もここですることにした。というのもレストランなんてこの町には皆目なさそうだったからだ。1階のフロント(といっても吹きさらしの道路に面したコンクリートの部屋)で火鉢に当たりながら、そこにおいてあった中学生用の社会科の現代中国史を見ていた。娘が英語で話しかけてきた。きれいな顔をした娘。目元がちょっと三木のり平。抗日の歴史の部分を見ていた。意外にあっさり書いてある。 「日本人をどう思う」と娘に聞いたら、「見たことない」と言うから「いま見てるだろ。どう思う」と聞いたら「日本人は好きだけど、日本のチェアマン(指導者)は嫌いだ」と優等生っぽい返事。 登山靴を履いた若者男女6人ほどが来る。登山か?と聞いたらどうも政府の林業関係の仕事らしい。若い男は突っ張っててどうも話しづらい。女性の方とはいろいろ話した。有名なトン族の町、三江(サンジャン)まではバスで2時間くらいらしい。食後、ターミナルの入り口の店に入る。酒がいろいろあったので一番いい茅台酒をくれといったら、(この辺はすべて筆談です。)くわえタバコの四角い顔のオヤジがこれだ、と言って50元の酒を出したので、それと缶ビールを買った。このオヤジといい、さっきの三木のり平といい、バスの運転手も黒の皮のジャケットを着ている。けっこうオヤジの間ではやっているらしい。うさんくさい感じがとてもよい。 茅台酒は「醤香型」と書いてあり、文字通り醤油の香りというか、濃厚な香りでとても飲みにくい、というより飲めなかった。53%。500ml。 |
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2月14日 従江(コイジャン)〜三江(サンジャン)
朝5:30。バスターミナルがうるさくて眼が醒めた。馬鹿みたいにクラクションを鳴らすからどうしようもない。雨。 ちょっとのんびりして朝8時のバスに乗るつもりで宿を出た。ターミナルで聞くけど要領を得ない。何人かに「こいつ訳が分かってないからめんどう見てやってくれ」てな調子で引き回される。結局、くわえタバコの黒皮ジャンのオジサン(またしても)に「ここで待ってろ。バスが出るとき教えるから」とたぶん言われたみたいだったので、おとなしく本を読みながら待つ。あいかわらず雨。寒い。 あと30分と言われてからちょうど30分後9:20にバスは出発した。登山用ザックを持った12〜3人の集団が乗ってきた。登山じゃなくて仕事だろうから、今度は話しかけなかった。バス代26元。 いままでで一番がたがたの道を谷にそって走り続ける。雨の中ひたすら走り続ける。昨夜の女性の話では、2時間ぐらいかな?と言ってたが、とんでもない。4時間くらい掛かった。女の話はあてにならない。1:00過ぎ三江着。 バスターミナルから歩いて政府系の宿屋に向かう。驚いた。3ツ星ホテル級の豪華な建物。ところが、シングルで60元、ツインで138元と言う。部屋を見せてもらい、ここはひとつぜいたくにとツインの方に決めた。一人だからと100元にまけてくれた。昨日の従江と違いなんとなくほっとする感じの街だ。 一息入れてからトン族の集落を訪れようと、フロントでタクシーを頼んだら「ない」と言う。あの例の三輪オートバイ型タクシーで行くしかないらしい。バスターミナルまで行って人の良さそうなおっちゃんにトン族の有名な風雨橋まで行ってくれと言ったら「30元」と言う。「オーケー」 ガァーガァーという音がものすごく、ガタガタと冗談のようにゆれる。たいしてスピードは出ない。ガッタンガッタンゆれながら、ガァーガァー叫びながら着実に登っていく。登りがきつくなると時速10km以下に落ちてしまう。 40分くらいたったか?その有名な橋に着いた。確かにすごいが、物売りのいる観光地だった。客は4、5人。そのあと「地球の歩き方」にこれもさっきのと同じく三ツ星で載ってるトン族の鼓楼に行くことにした。運転手さん、関西系のコメディアンみたいな顔してるけど、にわかに商売気が出てきて「そこ行って、三江に戻って100元でどうだ」と見栄を切るように言い放つ。「100元(イーバイユエン)」こっちも「いいばい」と答えて商談成立。ボラれてやろうじゃないの。1300円じゃないか。 それからまたガタンガタン、ガァーガァー、えんえんと山道をひた走る。「えっ、うそだろうと思うくらいに遠い。」おまけにバイクにフレーム付けてホロをかぶせただけだから下からの風が恐ろしく寒い。後悔し始めた頃にやっと着いた。りっぱなトン族の村。川の向こうに本に載ってた鼓楼が見える。高さ15mくらい。オッチャンの先導で塔に向かう。自分ひとりで行くからよいというのに、俄然やる気満々でタバコ、スパスパしながら早足でずんずん先を行く。着いた。関西系のオッチャンは白人のように両手を広げて「見ろ、なーんもないだろ?」という仕草をする。いいからその辺で待ってろと言って、鼓楼の内部、外部を観察。釘を1本も使わないトン族の木造建築はやはりすばらしい。 ガイドブックの3ツ星を2つ制覇した達成感に「うん、これでよし」「オッチャン帰ろう」と言って三輪車に戻る。また派手にガタガタゆれながら下っていく。寒かったが充実感があった。それにしても朝からビスケットとパンをすこししか食べてなかったから、気持ち悪くならなくて良かったかもしれない。 ホテル着6:10。なんと4時間ちかくガタンガタンやってたわけだ。距離にして100キロちかいんじゃなかろうか?全部で130元は高くない。オッチャンは100元札を渡すと最高の笑顔になった。これで三輪車のお友だちにも自慢できるだろう。 ホテルのレストランで食事。自分ひとりだけだった。政府系だからやっていけるのだろう。言葉が分からないものだから、調理場に連れて行かれ、何が食べたいかと聞かれる。暇なもんだから、料理人はコケコッコーかモオーッか何が食べたい?と盛り上がる。 野菜料理と牛肉料理とチャーハンを適当にと頼んだ。どれも素朴な味わいだが、とても美味しかった。白酒も美味しかった。ちょっと芋焼酎っぽいコクがあるが、香ばしい麦の水割りだろうと思う。副原料も入ってそう。2杯飲んだ。野菜はちょっと花の咲いてる菜の花?うまい。牛肉と一緒のセロリも美味しかった。中国の野菜は種類が多く、どれも自己主張が強くてうまい。 食後、街に歩いて買い物へ。昨夜の茅台酒はキョーレツだったので、別のタイプを買ってみた。店で一番高い茅台酒ですごいほこりをかぶっていて「百年難得酒」というたいそうな名前。箱もたいそうな感じ。500ml詰。20年物で30元(390円)、何ということだ!これと缶ビール、今後のためつまみと朝食用にビスケット、50元でおつりがきた。レジの娘は勤めて平静を装い、茅台酒のほこりをぬぐい、袋に詰めてくれたが、こいつ何者だろうと思ってる顔がよく分かる。 雲南、貴州がだんだん好きになってきた。 でも実を言うと、ここ三江は省の境を越え、もうすでに広西チワン族自治区に入っているのだ。 |
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2月15日 三江(サンジャン)〜桂林(クイリン)
朝7:00起床。ぐっすり眠った。迎賓館のようなホテル(でも100元)をあとにして徒歩でバスターミナルに向かう。今朝はめずらしく雨が降っていない。桂林行きのチケットを買おうとしたらここは違うと言う。「向こう側に行け」初め何のことかわからなかったが、川の向こうにもうひとつ長距離バス用のターミナルがあることが分かった。橋を渡るとき、川の水がものすごく増水していて、ちょっとヤバイんでないのというくらいの量がすごい勢いで流れていた。 ターミナルで桂林行きのバスを見つけ早速乗り込む。でもなんとなく様子が変。満員なのになかなか出発しない。聞くと土砂崩れで桂林への道が通行不能で別の道を行く予定だといってるみたい。代金の70元をとにかく車掌に支払う。横の席には親子4人連れ。奥さんが東南アジア系の顔つきなので苗(ミャオ)族の人?らしい。一歳位の女の子と三歳くらいの女の子。お母さんが小さいほうの子にお菓子を口移しであげていた。妙に感動してしまった。小さくちぎって手で与えてもまったく問題なさそうだが、女の子は母親の口元をじっと見つめて待っている。女の子から見たら、お母さんは胸からはおっぱいが出てくるし、口からはもっと美味しいものが出てくるので、お母さんが大好きだろう。しばらくしてこの子がまたぐずりだしたら、今度はお父さんの方がだいぶ使い古したぼろぼろのねんねこを用意しておんぶしてあやしだした。父親の威厳とかいうものよりも夫婦して一所懸命子供を育ててる感じがして感動してしまった。 一時間以上してやっと出発。バスが走り出して5分位したら客が騒ぎ出した。「ウーシ、ウーシ」「50,50」と言っている。どうも「こんな場合は50元にまけるべきだろう」と言ってるみたい。客の三分の二くらいが騒ぎ出した。となりのお母さんも負けずに「ウーシ、ウーシ」女性車掌はきつい顔になって叫び返してる。運転手は「いやなら降りろ」と客にどなってる。すったもんだのあげく車掌は20元づつ客に返しだした。暗い顔である。 さらに15分くらい走ったら運転手の携帯が鳴り出した。何事か話したあと、そこからバスはUターンした。今度は運転手と車掌がニコニコ顔になり「20元返してもらうより桂林でしょ」とかたぶん言いながら、客からまた20元づつ徴収しだした。今度は客の方が沈んだ顔。なんだか事情が飲み込めないままだった。 いったん、三江に戻って再出発。しばらく走って一つ目の土砂崩れ現場。通過にかなりの時間が掛かった。11:00頃二つ目の大きな土砂崩れ現場でとうとう立ち往生。危ないからと客は全員下ろされた。現場を見に行ったがかなりひどい。4駆でも難しいんじゃないかと言うくらいの轍になっている。みんなで溝に石を放り込んだりスタックした車を押したり引っ張ったり。公安も来てたが全然役になってない。1時間くらいでやっと通過できた。 このあとも、道路は100箇所以上崩れていて大変な状況だ。大きな山の中を抜けて平地にやっと降りてきた。午後2時ごろだと思うが、大きな穴ぼこを通過するときに変な金属音がしてバスは完全にストップしてしまった。パンクかな?とバスを降りてみると、なんとデカイ部品が、それも何か駆動系らしいギアの付いたいかにも大事そうな部品が落ちている。これはイカン!運転手は呆然と部品を見つめるのみ。ぶっこわれた。 しかし、客は全然文句を言わない。通りかかったほかのバスに乗り込む人もいる。でも桂林とは違う方向だ。ちょっとした街はずれぽかったので、運転手にタクシーはないかと?と聞いたら、呆れ顔で「メイヨ、メイヨ(ない、ない)」と答えた。桂林までどのくらいだと聞いたら直線で120キロくらいじゃないかと言う。イカン!桂林への直線コースを走っていると思ったら、かなり迂回しているらしい。これじゃ今日のうちに桂林にはたどり着けないかもしれない。河くだりどころか、広州への飛行機の手配も間に合わないかもしれない。雨も降ってきたし、こまったな。と思っていたら、乗客の若い女性が桂林に急ぎか?と英語で聞いてきた。そうだと言うと、たまに通る車を何台か止めて何か交渉してくれているらしい。でも、うまくいかない。彼女は漢民族だと思う。 しばらくして桂林行きのバスが通りかかった。客がいっせいにわっとそのバスに向かった。自分はボケッと見ていたら、さっきの女性が「アンタ早く来んね!」と中国語で手招きするので、バッグを引っつかんでバタバタと駆けていく。群衆の一番前まで引っ張っていかれ「この人日本人で困ってるから乗せてやって」と多分言ってるのだろうが、車掌に強く言って私を無理やりバスの中に押し込んだ。周りの人たちは唖然として見ている感じだった。この異常事態で、すでにバスの中は満員状態。乗れたのは3人のみだった。暖かいバスの中に乗り込み、振り返って手を伸ばして何とかその女性と握手できた。小雨の降る寒い路上から、その女性は「バイバイ」と手を振ってにっこり笑ってくれた。自分も早く桂林に行きたいだろうに。目頭が熱くなってしまって、しばらく目を押さえてうつむいていた。 中国人が好きになってきてしまった。 そのとき一緒に乗り込んだ若いカップルは、壊れたバスに乗ってるときにちょうど自分の前の席に座っていた連中だった。彼らが座っていた席の、前の席は親子3人連れでお母さんと息子がずっとひどい車酔いで時々窓を開けてるのを男の方が文句言うので感じの悪い奴だと思っていた連中だった。その女性の方が途中から席(と言ってもバス前部の出っ張り)を自分に代わってくれた。ふつうはそんなことしないのに、自分が外人で頭にちょっと白髪があるからか、ここでも感動して、ありがたく座らせていただいた。 バスを乗り換えてからも、すごい山道をがけ崩れを避けながら、走り続ける。平らな場所に出ると、周りの山は写真で見る桂林の山みたいな独特の山様だ。これじゃ河下りができなくてもいいかな?と思ってしまうくらい美しかった。感謝々々で夕方6:00過ぎにやっと桂林着。久しぶりの大都会。バスの女性はこっちこっちと私を乗り換えのためのバスターミナルの方に導こうとするが、自分はホテルを探すのでここで分かれる。「多謝!」「再見!」 三江をバスが出発して桂林まで8時間のハードな旅でした。(本来は4時間) 桂林駅近くの2ツ星ホテルに無事チェックイン。ツインで158元。フロントの若い子が英語がすこしできるので、河下りツアーの手配をできるか聞いたら、オーケー。420元。送り迎え,昼食つき。ガイドブックの値段よりずいぶん安い。冬場だからか?早速チケット購入。明朝、8:00このホテルまで迎えに来てくれるそうだ。よし、予定通り万事順調だ。バスタブに熱い湯を張り、久しぶりにゆっくり温まる。バスに乗せてくれたあの女性はまだ桂林にたどりつけてないだろうな・・・。 風呂上りにホテルのレストランでビールを飲みマーボ豆腐と「漓江清蒸なんとか」という土地の料理を頼む。マーボ豆腐はちょっと辛すぎた。魚はたぶん鯉のようだったが、とても美味しかった。41元。宴会客が一組だけだったので暇で、若いウェートレスたちはこっちが気になって仕方がない。「あの日本人、ビールのことピールとか言いよったよ」とかニコニコしながらこっちを見てる。いつもの光景。好(ハオ)! |
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2月16日 桂林 河下り
朝5:00頃目が醒めてしまった。仕方ないので椎名誠をずっと読んでた。家族構成が家に似ていてなんとなく引き込まれてしまう。雷が鳴って雨が降っている。今日はどうせお任せのツアーだから何も考えずに8:00にホテルのロビーで待てば良いだけだ。 8:00過ぎに、ピンクのオーバーコートにピンクの毛の帽子をかぶったツアーのガイドの娘が迎えに来た。バスに乗り込む。私が最初だった。このあといくつかのホテルを回ってヨーロッパ系、それにたぶん台湾人をひろう。われわれのツアーは外国人用だから中国人はいない。バスで30分ほど桂林から走って竹江という船の乗り場に着いた。冬場なのにかなりの船が次々に出て行く。船の中で座る場所が決められてお茶が出た後、空いてる席に移る。8人掛けのテーブルをひとりで占領してのんびり外の景色を楽しむ。たしかに素晴らしい。 しばらくすると、さっきのガイドが来て話しかける。韓国出身で中国で働いていると言う。ふっくらとチャーミングな顔立ち。一人旅のおじさんに興味を持ったらしくしばらく話す。またしばらくすると、今度は別のグループのガイドで日本人担当らしく日本語のできる女性がやってきた。雲南から貴州省を回ってきたといったらびっくりしてた。中国語が全然しゃべれないのに勇気があるとほめてくれた。それでその女性に、(ここは日本語)うるうる感動した話をいろいろ聞かせると、それは素晴らしいと彼女も感動して、都会ではそんなことは絶対にないと驚いていた。一人旅が不思議なのかいろいろと聞かれてずいぶん話し込んでるうちに、河下りのメインの部分に来たらしい。彼女がかんばんで写真をとってくれていろいろと説明してくれた。自分の客はほっといて良かったんだろうか? 船の終点の陽朔から桂林に戻るバスが、自分の大嫌いなお土産やさんに何箇所も寄るのはまちがいなかったので、担当の韓国人ガイドに船を下りたら、終点の陽朔(ヤンシャオ)の街をぶらぶらして自分でバスで桂林に帰ると言った。その子は陽朔でのツアーがあるから参加しないか?フランス人らしいのが3人参加するからと仕事モードで熱心に勧める。はっきりと断るとむっとした顔をしてたが、すぐに気を取り直し、ただで別のツアーの帰りのバスに乗れるように友達に言ってやるといって携帯で話し出した。結果はだめだった。どうせ10元かそこらだから、日本人にとってはなんでもない。その女性の親切に厚く礼を言って船をを下りた。 街中でICカードの電話機を見つけたので日本に電話しようとがんばってたら、たまたまさっきの韓国の娘が通りかかり、桂林に戻るバスは7:00が最終でけっこう混むからチケットだけは先に買ってたほうが良いとバスターミナルを教えてくれた。オジサンはこれにもジーンときてしまうのであった。早速座席指定制の帰りのバスのチケットを購入。7:00はすでに満席で6:30のを買った。 それから貸し自転車を借り(10元。デポジットの代わりにパスポート。ちょっと不安だったが・・・) 10kmほど先の「地球の歩き方」に出ている名所に向かう。それ自体はたいしたことなかったが、途中の風景は素晴らしく、「桂林らしさ」を満喫できた。街に戻り、自転車を返してぶらつく。まだ3:30だ。こんな観光地で3時間も間が持たない。バスターミナルに行き、チケットを4:50のに変更してもらった。窓口は混雑していたが、係りの女性にノートに漢字で書いて英語で頼み込んだら、すっと新しいチケットを出してくれた。 桂林に6:00過ぎ帰着。すぐにタクシー(初乗り7元)で中国民航のオフィスに向かう。明日朝一番(8:10)の広州行きチケットを購入。710元。高い。中国は不思議で客が多い路線は高く、逆に少ないローカルな路線は同じ距離でも半額程度。予定ができたので一旦ホテルに戻って一息入れ本格的に食事に出かける。 ガイドブックに載ってる2ツのレストランのうちひとつをタクシー運転手に指し示す。ミンクっぽい(たぶん違うだろうが)毛皮を着た40前後のかっこいい「オネエサン」は、ここはいまホテルだけの営業で食べられないとジェスチャーで言ってる。ではと、もうひとつの海鮮主体らしいレストランに連れて行ってもらう。ある店の前でここかな?と迷ってたけど別に違っててもどうってことない。その店に入ることにした。10元札のおつりはいらないよ。(おつりは3元=40円だけど)男の運転手ならおつりは確実にもらう。 その店の店員は熱心に一番高い料理を勧める。どのレストランも店員は10代後半から20代前半の女性。店の前の水槽まで引っ張っていかれ、指差されたのはナマズ。そう漓江名物だ。陽朔の料理屋でも店前の小さなプールに鯉とナマズが泳いでいた。鯉は前日食べたので、よしそれでいこう。値段は1斤(500g)88元で1匹は2斤くらいあると言う。いいじゃないか、ぜいたくしようじゃないか。ど〜んともっておいで。ちなみに中国でもヨーロッパでも一人旅でレストランに入るのはつらい。量が分からないし、いろいろな種類を食べられない。 料理に時間が掛かると言うので、おすすめの竹の子を卵で炒めたのをつまみながらビールを飲みつつ待つことにした。その店はかなりの繁盛店で客がひっきりなしにわんわん入ってくる。まだ春節の余韻があるようだ。30分ほどでナマズの一匹丸々、たぶん一旦蒸してしょうゆ味の具と絡めたものが出てきた。ちょっと土臭いにおいがするがすこぶるうまい。周りの人はなんだあのオヤジたった一人で「例のあれ」を食いやがってと見ているが、気にしない。でも全部食べないと申し訳ない。これで桂林(漓江)名物は食いたおしたぞと一人満足感にひたるのであった。もう一品たのんだ桂林米粉の炒めたやつは半分残した。全部で221元。この旅で最高の食事であった。 |
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2月17日 桂林(クイリン)〜広州(グアンジュウ)
朝6:00にモーニングコールを頼んでたが、5:00に目を覚ましてしまった。目覚まし時計を忘れたので、このパターンが多い。タクシーで昨日の民航のオフィスまで行き、そこから空港行きリムジンに乗り込む。25元。 スムーズに広州着。空港前は例によってタクシーの運ちゃんでいっぱい。リムジンバスに乗ろうとしたが乗り場が1番から5番まである。係りに聞くが英語がまったくだめ。その中の女性が携帯でどこかに電話して代わってくれた。どうも英語のしゃべれる会社の誰かに電話してくれたらしい。指示されたバスに乗り込んで出発を待ってると、さっきの女性がまた来て携帯を差し出す。内容はバスで終点まで行ったらあとはタクシーに乗ってください、というものだった。なんと馬鹿ていねいな。予約をしてなかったけど広州の中心地にある2ツ星ホテルに行く。ここも冬価格で本で300元のところ260元だった。2泊分520元とデポジット280元で合計800元前払い。いつもながら返ってくるとはいえデポジットマネーが高い。ここ広州のホテルが今回の部屋で一番高い部屋だった。 雲南省で買ったICテレホンカードがうまく使えないのでフロントで聞いたら、雲南省だけでしか使えないカードだという。30元のうち、3元くらいしか使ってないのに。ドアボーイのお兄さんにあげたら喜んでた。たぶん、何とか換金できるのだろう。 陳氏祠に行く。そのあと新大新というデパートでお土産を物色。ホテルのレストランで飲茶で昼食。そのあと街をぶらつく。レストランを探すが適当なのがない。疲れたのでホテルのレストランで夕食をすることにした。3階のレストランに行ったら、2階に行けという。それじゃ昼間のところと同じじゃないかと思ったが仕方ない。9時をだいぶ過ぎてた。例によって英語はまったく通じないのでなんとなく3種類注文。 ひとつは広州名物の「乳猪なんとか」いう子豚の料理を頼む。2つは来たが肝心なのがなかなか来ない。そのうちなんとなく店を片付け始めた。客はまだいたが、皆もうお茶を飲んでくつろいでる状態。おかしいな?と思ってノートに「猪?」と書いて見せたら笑いながら「没有(メイヨ)」と言う。「いやメイヨじゃないだろう」と別のおばちゃんに聞いてもおなじくせせら笑うだけ。怒って日本語で「冗談じゃない、頼んでたんだよ!」と多少大きな声で言ったら、100坪以上ある店の隅のカウンターの女主人らしき人物のところにいって何かあの日本人怒ってるみたいですよ、と笑いながら話してる。オジサンはキレタね。そのカウンターのところに行きニヤニヤ笑ってるその女性の前に「地球の歩き方」をたたきつけて英語で文句を言ったがもちろん通じない。日本語にちょっとの中国語でとにかく文句を言いまくる。「ビールを飲みながら今か今かと肝心の料理を待ってたら、メイヨはネエだろ」店の主人も事情が分かったらしく「ソーリ、ソーリ」と謝りだした。食い物の恨みは恐ろしいのだ。その店の営業が10時までで、暇な時期だから9時半ごろには料理人も帰ってしまったらしい、などのこともなんとなく飲み込めてきたが・・・。態度が良くなかった。大体、日本人というのは海外で会社とか団体の時には強いが、個人の時には押しが利かず、なめられる傾向が強い。後に続くオジサン個人観光旅行者のためにも(そんなのいないか?)ここはひとつ大いに怒ろう。背後で中国人の客たちもこちらを見ている。日の丸を背負ったつもりでねちっこく文句を言うのであった。そのうち、女主人に呼び戻されたらしい私の注文を受けたお兄さんが息せき切って青い顔で駆け込んできた。女主人に何か言われて、鳩が豆鉄砲食らったような顔をしている。よし、ここまで。 お互いに言葉が通じないのだからこれ以上言っても仕方ない。「分かった。もうよい」「いくらですか?」と聞いて、金を払って店を出た。47元。 しかし、収まりが付かないし、料理はほとんど残して腹のおさまりも付かない。通りに出て料理屋を探す。羊城拉面という店がぽつんとあった。なんか良さそうな感じ。小さくて汚いがイスラム教徒のやってる店でとにかく良さそう。客が一人ヌードルを食べてるから「あれください」と若い主人らしき人物に言うと「らーめん?」と聞く。おおラーメンがあるのか、中国にはラーメンなるものはないと聞いていたのに。 「そうだ」とうなずいて席に着く。その主人、落ち着きがなくそわそわして、そのあと外の通りに出て誰かを探す風にきょろきょろしてる。2度ほどそうしてから、店にもう一人いた店員のあんちゃんに言った。「おまえやれ」「え、マジで?うそでしょ。俺ができるわけないじゃん」「やかまし。どうせ外人だから分かりゃせん」とチラチラこっちを見ながら絶対にそう言ってる。そのアンチャン笑いをかみ殺すように麺を打ち始めた。打ちあがった麺がなくなっていたらしい。こねてから、引き伸ばしてなんとなく仕上げていく。「クソッ。今夜はとことんついてない」苦々しい思いで見ていたら、奥からボワーッとした顔の別のアンチャンが出てきて「ナニやってんの。だめじゃない。あ、こりゃ全然だめだ。」とか言いながら出来上がりつつあったその麺を再び丸めて団子にして、鮮やかな手つきでグングン引き伸ばしていく。おおっ。嬉しくなって感動して見つめていたら、3人分の麺のうち一人分があっという間に出来上がり、3分ほど?茹でで、おつゆと肉少々、薬味を入れてすっと出してきた。お椀はだいぶ欠けてるが、抜群に美味しかった。生めんだからシコシコではないが、こしも十分にあり素晴らしい出来。食べ物では一番感動した。これで腹はおさまったし、腹の虫もおさまった。 今日、中国で買ったカメラで撮ったフィルムを3本現像に出した。36枚取り3本で50元。明日、昼にはできるというからどんな写真になるか楽しみだ。 |
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2月18日 広州
本日は地下鉄を乗り継いで観光に専念(ひと乗り2元)。博物館では初めて日本人の団体さんを見た。博物館のみやげ物売り場は完全に日本人専用。日本語がぺらぺらの店員がバカ高いみやげ物をガンガン売りさばいていた。 広州と言えば飲茶の本場。有名店で昼食は飲茶だ。とはりきって上下九路という繁華街に出かける。「陶陶居」という名店に入る。とても大きな店だったが完全に満席。チャイナドレスのオネエサンに相席でもいいからと頼み込んだが、店の方針で相席はだめらしい。次に「広州酒家」の本店に行ってみた。ここでもチャイナドレスを着こなしてハンドフリーのマイクをつけたオネエサンに一人なんだけどお願いします。と、頼み込む。2階のおっさん二人の席に相席にしてくれた。張り込んでお茶は鉄観音。さあ食うぞと伝票を持って蒸し料理のコーナーへ。飲茶では料理をもらって自分の伝票にハンコをもらうシステム。席でわしわし食ってると、相席のおっさんがチラチラ見る。そうなのだ。中国人は飲茶でほとんど食べない。一品か2品とってあとはお茶ばかり飲んでる。新聞を読み続ける御仁も多い。かれらにとって飲茶はぜいたくな時間の過ごし方なのだろう。ましてや、広州酒家の本店で飲茶なのだ。バカみたいに食べる人はいない。さっき、料理の写真撮った時もにらみつけられたので、スミマセンこの料理の写真撮っただけですから、とあやまった。ここはひとつのんびりしようと中国人並みに1時間以上ボワーッとお茶を飲み続けた。 昼食後、写真を引き取りに行ったがさすがにひどい写真だった。まあまあのものもあったが、幕末の頃の写真に彩色した感じだ。それにせっかくのシャッターチャンスの写真も影がついてると写真屋のオヤジは遠慮してプリントしていない。まあ仕方ない、4〜500円のカメラだ。この後も市内観光をして過ごした。 夕食は広州三大酒家のひとつという大きな店に行った、「アシモト オキヲツケ クダサイ」とか言われながら日本人団体がガンガン入ってくる店で美味しくなかった。中国最後の夜はさびしくふけていくのであった。最後に広州百貨店へタクシーで行き、面白そうな食べ物を土産に買う。 |
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2月19日 広州〜関空〜福岡
5:00起き。6:30ホテルを出る。いつものように中国民航のチケット売り場までタクシーで行き(11元)、リムジンで空港へ。16元。朝食に露天の小ろん包(3元)をつまんだ。 9:30離陸。30分後、故障のため広州に引き返すとアナウンス。 飛行機を乗り換えて13:00頃再度広州空港を離陸。関空での福岡行き乗り継ぎに間に合わなくなって、便を変更してもらい20:40福岡着。 謝謝 |
